ただ自然に、息を吸うように -65 花壇-
ただ自然に、
息を吸うように。
そんな風に好きになれるひとが、いつかはできるよと先生は笑った。
わからない。だって、私は今だって、息を吸うように――当たり前のように先生のことが好きだ。ただ、その息を吸い込む度に何かねっとりとしたものが喉に纏わり着いて、呼吸ができなくなるだけで。
息を吸うだけで、心臓がぎしぎしと悲鳴をあげる。壊れた音で不規則に混じる、ノイズの雨。
ただ、私に分かったのは、目の前のこのひとじゃ駄目だってことだけ。
アーモンドの花が咲き乱れる。
はらはらと薄紅が舞い落ちる。
桜の花だと思い込んでいるそいつは、まだ桜が咲くには早いだろうと薄手のコートを羽織った。
まだ小ぶりだけれど、実がなっているのに気付かないのかな。気付いてしまったことに蓋をしようと検討違いな方向へ思考を向けようとしたけれど。駄目だ、思ったら言葉をついて出ていた。
ごめんね、凛。私、駄目だ。もう一緒に居られない。
視界が滲む。
花びらと何を言われたのか分からずただ呆然と立ち尽くす人とが、混じり合って境界を無くしていく。
ああ、とてつもなく卑怯だ。
悔しくて歯を食いしばる。
こんな場面でどうして涙を流すんだ。
卑怯だ、卑怯だ、卑怯だ。
こんなの私じゃない。
何を聞かれても、喉から出てくるのは駄目なのという言葉だけ。
ただ駄々を捏ねるようにひたすら拒絶の言葉を重ねた。
私なんかを好きだと言った奇特な幼なじみは、ああわかったと言って背を向けた。
何も分かってないだろうに。
殴ってくれればよかったと思い、すぐにそれじゃ何もならないと知る。ああだってそれは、ただ私が楽になりたいだけだ。
躰の傷みで罪悪感を拭おうだなんて、虫のいい話しでしかないのに。
私はもっと傷つかなくちゃいけない。
楽になんてなっちゃいけない。
ああ、だけど。
こうやって息を吸い続けるより辛いことなんてあるんですか、先生。